2015年1月15日木曜日

レスキュウ隊はスゴイ
日付がかわりましたが、14日昼前、ケタタマシク消防車のサイレンと救急車のぴ~ぽ~が
近くで鳴り響き、外へ出たところ、人々の移動は海へ向かっていました。当家の裏の戸を開けて
見ると、直線で500m離れた岸壁で、小船から人間が引き揚げられていました。近くのマグロ取扱い店の従業員がアクセルとブレーキを間違えて海へドボンしたようです。同僚が救助の為潜ったけど水圧でドアが開かず、消防署へ急報、まもなく、レスキュウが到着し、救助作業を開始、当事者は救助されましたが、その後関係者の話を聞いたところ、本人は海の中の車の中で、20~30分空気があり、海水を飲まずに、大間消防署レスキュウ隊に救助されたとの事。然し厳寒の大間の海での救助作業は日頃の訓練の賜物だ。車のドアはどのようにして開けたのかな?

2015年1月8日木曜日

孫のお散歩



一月四日、昨日までの寒波は嘘のよう。自宅から5分ばかり走った内山公園はところどころ雪は2、3センチあるものの、ぽっかぽかでジャンパーも脱ぎたいくらい.
隣の大間温泉では新春のカラオケ大会をやっているそうで、すごい車々だが、公園内は全くの貸切状態。お陰様で孫達もご覧の通りです。


お散歩の後はいつもの 通り温泉付きです。
い~いゆだな~い~ゆだな~ここは最北端お~おまの湯~
浴槽は大型の発泡スチロールですが映像をアップロードしても画像を取り込めませんでした。





















 



2015年1月6日火曜日

NHK大河ドラマ
いよいよ始まりましたね、八重の桜の後当然でしょう。その次は何処かな?小説もドラマも史実を忠実に伝えてもらいたいと思うけど、視聴者は面白くないと視聴率が上がらないと言う言葉が良く言われる。が私は史実を正直に伝えた方が視聴率も上がるのではないかと思う。戊辰戦争後150年の歴史の中で、間違った会津、長州、薩摩その他の歴史を、まともに信じてきた国民の多くは今その真実を知りたいと思っている様な気がする。斗南には会津から17300人が挙藩移封されたが、廃藩置県後全国へ散った藩士の子孫は現在で4代~5代になる。大変な数の子孫が全国で会津会を組織し、今も会津の教えを崇高しお互いの絆を深めています。会津にも長州にも薩摩にも善人も悪人もいたと思うけど、それは程度の問題だと思う。私達はそんな話を笑って流せる時代が何時来るのでしょう。私は大学時代の友人が山口県に数人います。数十年振りに再会し、そんな話もしてみたい。

2015年1月2日金曜日

お知らせ
昭和48年より40年以上女房と共にやってきた店舗を昨年9月をもって閉じました。閉じた原因は高齢になり疲労の度合いが高くなってきた事と、女房の大好きな俳句が思うように出来ない事が主な原因です。残された人生貧乏しても楽しく行こうとの結論に達しました。商品の処分方法は色々検討した結果、早い者勝ちで、無料でさしあげました。廃業の手続き等は税理士さんと司法書士さんにお願いし、ほぼ完了しました。生花も盛り籠も酒の配達もなくなり退屈千万に成る為、たばこの販売のみ残し、空き店舗は卓球場に変身し、小中学生の良い遊び場になりました。二階の斗南藩資料館は従来通りです。今後とも宜しくお願い申し上げます。



2015年1月1日木曜日

謹賀新年

謹賀新年
一年間の長期に渡り、ブログを中断し、斗南を愛する皆様に大変御心配を御掛けしましたことを、深くお詫び申し上げます。私も高齢の為、他界説もありやなしや?
当たり前のお話です。
実は世の中によくある家の問題で心弱い私には耐え難い一年でしたが、神様の御加護と女房の激励を賜り、無事勝訴しました。ならぬものはならぬものです。これから又新しい人生を加算し、楽しく余生を送りたいと思っておりますので、旧に倍して更なるご指導の程、宜しくお願い申しあげます。
          元旦 

2013年11月24日日曜日

大間美人

このブログをご覧の人は100%一億五千万の大間マグロの事は御存知の事と思う。他に2000万も5000万も有るけど。
然し大間美人のブランドはまだまだ日本国民に知られていない。美人に値段を付ける訳にはいかないけど、大間には値段の付けようもない、見たら鳥肌たつような超美人さんが、下駄を投げれば当たる程いる、??
私も若い頃から各地を歩いてきたけど、こんな町に生まれた事が嬉しく、誇りに思う。
常々不思議には思ってきたけど、この町の歴史をたどってみると、頷(うなず)けるものがある。それは当町には四十八館(しじゅうやたて)と言うアイヌの集落があったことから、マユ、とマツゲのはっきり黒い人が多く、更に目の色がブルーグレーの美人が多い事。私は郷土史家ではないので、想像でしかないけど、ブルー系はロシア系の人が遭難してこの町に住みつき、アイヌ系の人との混血になったのかな~~。良くわかりません。独身の男性は一度大間へ来るべし!!

2013年11月12日火曜日

ニシン御殿

一昨日我が大間、仁和賀山連中面々6名が山車の囃しのル~ツを訪ね、蝦夷地へ渡った。11月初旬季節の替わり目、決まって来る暴風の合間をぬって、当初予定の一番船は欠航の為2番船で出発し、亮の嫁さんのじ~じが経営する温泉旅館へ直行した。
函館からレンタカーで1時間、知内の温泉へ到着、ゆっくり温泉へ浸る間もなく、夕食とは名ばかり、一杯が二杯~~~
この後、お決まりの二次会コース、運転手はナント?ホテルのオーナー80過ぎのスーパーマン、北海道には貸切ロードなるものが、あるらしい?静かな深夜の貸切ロードは最高、最高。
翌朝一路、上ノ国町へ、上ノ国には女房の生まれた笹浪家の別家の近くに本家、屋号ホシヤマニがあり、往時の鰊御殿のたたずまいを残している。現在は国の重要文化財に指定されています。
鰊の最盛期は本州からのヤンシュウを数十人もかかえ、松前藩の御用商人として、名字帯刀も許されていました。当時の様子を再現した模型が下図です。
建物内の様子、かまどの傍には井戸があります。
仏間には金箔の巨大な仏壇が鎮座します。
ここより四五軒先に女房の生まれた別家がありますが、家を建て替えの時擦文人の骨が出土しています。その後江差へ移動、御所望の江差の祭り山車を拝見しました。
す  ば  ら  し  いーーーーーーです。
然しこの後がすごい、暴風の為フェリー欠航に付約300キロ逆走して大間に帰りました。