2011年3月21日月曜日

不気味な津波

3月11日PM2時46分、静かで、ゆっくりで大きな揺れが来て、1F店舗に居た私と女房、みゆきさん、さちきさん、の4人は外へ飛び出しました。各店舗も皆同じで、恐怖に慄いている様子が見え、ただ事ではない、大災害の予感が脳裏をかすめます。4分という時間の長い事、長い事、間も無く町の有線放送で、津波警報が放送され、やがて大津波注意報に変わりました。店舗を閉め早急に高台に有る避難場所に指定された、大間小学校へ避難し、駐車場で待機しながら携帯ラジオで情報を入手しておりましたが、夫婦とも年の為かカーナビがテレビに成ることに1時間以上も気がつきませんでした。小学校の大きな時計は2時50分でストップしたまま、各地の悲惨な状況が放映される中、やはり我が家の事が気になります。我が家は海迄15m、川まで0,5mしかありません。
然し、何時まで待っても当町の被害の放送がありません。そこで様子を見るため、我が家へ戻って来て川の状況を観察したところ、道路まで30㎝位の高さまで水位が上がった跡が、コンクリートに残っており、裏の(海側)岸壁はわずかに、水を被った程度ですみました。尚、川の様子を見ていると津波が音も無くヒタヒタと押し寄せ、みるみる水位が上がるのが分かりますが、40~50㎝で止まり、又それを繰り返しますので、いつまで、待ってもきりが有りませんでしたが、恐怖心が半減したのは夜中位かなー。地震発生の時間、当地は丁度干潮だった為、被害を免れました。若し満潮時だったらと思うとぞっとします。一昨日夕方、大間まぐろに救われた男が遊びがてら、来訪、杯を交し乍、終始今回の津波の話になり、此の次日本海側から来たらどの様に避難すべきか議論しました。それにしても、今回の大災害、被害に遭われた皆さまと亡くなられた皆さまへ、お悔やみとお見舞い申し上げます。

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