戊辰戦争により会津藩校日新館は廃校になりましたが、一年間謹慎後、旧会津藩士達は陸奥の国、田名部(青森県下北郡むつ市)と三戸、五戸地方へ移住して旧会津藩を再建し斗南藩と命名しました。移住の年明治3年、会津藩校日新館を円通寺(仮藩庁)と三戸に開校し斗南藩校日新館としました。然し一年後に廃藩置県を断行され、全てが消滅してしまいました。それから110年後、昭和56年むつ市在住で斗南会津会会員の吉田解造氏が斗南日新館と命名した剣道道場を開館しました。藩校日新館の夢を胸に吉田氏は剣道を通し武士道の心を青少年の健全育成の教育として活用したかったのだと思います。道場開館の時に合わせたように松平十三代当主、松平保定様が下北へ来郡された折来館され、快く斗南日新館の五文字をしたためられたそうです。それから三十年の歳月が過ぎ、松平十三代当主保定様は今夏永眠なされました。戊辰戦争以来百四十二年の歴史を想いながら天国へめされた事と思います。陰ながらご冥福をお祈り申し上げます。
吉田氏も高齢には勝てず道場を閉館する事になり、今回この書を私の私設資料館への展示を希望されました。
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