2011年8月28日日曜日

叙勲受章祝賀会

昨日8月27日むつ市グランドホテルに於いて、菊池紅(くれない)女史の祝賀会が執り行われました。紅女史は我が斗南会津会の先代の会長を勤め、むつ市長、県会議員の経歴を持つ、菊池渙治氏の奥様で、昭和34年に紅服装学院を設立し、長年に渡り和裁,洋裁を通じて、下北地域の教育と文化の発展に尽力した功績が評価され、此の度瑞宝双光章を受章されました。会場には元ピチピチの学院生だった?卒業生も含み参加者は300人以上に膨らみ、喜びの歓声で満ち溢れました。
上、市長も知事夫人もご満悦。下、どなたかも紅女史にあやかって
紅先生、お疲れ様でした。お陰様で斗南会津会の自慢話が一つ増えました。

2011年8月25日木曜日

不許他見その四

1、卯年(慶応3)七月十七日、同心梶沼栄三郎一同出起(出発)野沢村、津川町泊まり、同所より
  乗船同十九日酒屋村へ着。 栄三郎一同、同村に仮宅罷り在り候。亭主定吉。
1、轉陣普請中に付、役場之義、庄屋彦之丞宅。野村殿同所住居。
1、詰合役、源五郎、幾右衛門、保之助、勇吾、喜助、清次郎、林助、且之助等々
1、御代官、作左衛門義、若松表へ登居候事。
1、清介(重孝の妻の弟)義、為勤番(きんばんのため)若松表へ登居候事

1、力之進義、御村替為御用在江戸
1、源右衛門、運治、五助、貞治、弥助、常太郎義、小出嶋陣屋詰
1、左次右衛門、恒五郎義、福岡御陣屋取り払い跡始末被仰付、居残り、七月下旬酒屋着
1、勝衛、徳五郎義若松
1、七月二十四日、陣屋地祭りに付、源五郎一同麻上下(麻かみしも)にて役詰致、同心栄三郎
  且之助罷出候
1、八月十七日圓蔵殿若松登九月二日帰陣
1、九月十日出起魚沼、三嶋両郡廻村に付罷出附添役人、幾右衛門、幸蔵、小頭嘉助、同心
  貞治、林助、栄三郎、都合上下拾八人
供立
1、郡奉行、甲冑櫃、櫛形長朴籠駕(かご)、立傘、鎗(やり) 、挟箱、両掛、長持、大小弐棹
1、役人割元、引戸籠駕、鎗 、両掛壱荷、若黨(わかもの)壱人、中間壱人、明荷壱つ
1、小役人、引戸籠駕、鎗鎗、両掛壱荷、中間壱人、明荷壱つ、但役人之義跡乗致

2011年8月24日水曜日

大間まぐろ

本日8月24日PM5,30分ごろ大間漁協荷揚げ場の様子です。一本釣り漁師の熊谷さんが140数キロのまぐろを2本釣り上げて帰ってきました。沖から家へ携帯で連絡をとり、お母さんと嫁さんが出迎えて、手伝いをしていました。大間では荷揚げしたマグロを漁協の職員が神経を抜き、臓物を取り出します。その臓物からキモ(心臓)とチュウ(胃袋)を取り家族が持ち帰ります。今日のマグロは190数センチ、まるまると太り、如何にも油がのっていそう。多分良い値段が付く事でしょう。今夜のビールは格別でしょうね?
大間のマグロは一回に7,8ほん、2m位の高さで飛ぶ事があります。運が良ければ陸の高台から双眼鏡で見る事ができるかも。

2011年8月20日土曜日

燕のお宿

8月18日、北端近くの新田邸は大変な状況になっていました。居間に5か所
玄関正面吹き抜けのシャンデリアに1ヶ所、更に玄関にも1ヶ所
春の子育ては同じ様に終わり、今、秋の子育ての真っ最中です。家主は夫婦とも、とても人間がやさしく出来ているので、燕達も居心地がよさそうです。住宅の中に巣を造るのは昔と違い最近の住宅はスマートになり、軒下等も少なくなってきた為でしょうか。夜間は玄関を閉めるそうですが、お仕事が漁師ですので朝は燕より早く起きます。親鳥は外で待機していて、玄関を開けると同時に子供の所へ飛んで来るそうで、家主もその子育ての様子が可愛いと、目を細めています。

2011年8月19日金曜日

お盆

大間のお盆は7日盆(8月7日)から始まる。墓石の清掃をし、少しのお花と御菓子をあげて焼香してきます。13日の午前中は本格的供花とあられ(生米の上にお茶をのせ、水で浸したもの)水桶とひやく、ホゲ弁当(法界弁当の事で、故人が餓鬼に悪さをされないように施す弁当)や、故人が生前好みのお酒やたばこ、御菓子等、を並べ墓石に水をかけ、あられを割り箸で墓石いちめんにかけた後焼香し、家族皆で故人と一緒に弁当を頂きます。更に夜も墓参し、大人も童心にかえり、子供達と一緒に花火をやる日本でも大変めずらしい風習があります。私の聞いたところでは、長崎県にも花火をやる町があるそうですが、ひょっとして北前船で本州最北端まで来たのかも!墓参りは16日まで続きますが、当日清掃した後又20日盆があります。当町の町民の皆様の神仏への信仰心には感心します。
当家には墓石が三基あります。一基目が会津から当地へ来てから生まれ、明治20年に他界した私の曽祖父の二女の墓、二基目が曽祖父の長男(私の祖父)の長女(明治25年没)三基目が曽祖父(明治28年没)ですが、祖父は明治3年に斗南へ来て以来、一日も故郷会津を語らない日は無かったと言われていますが、25年間の会津へ帰る夢は曽祖父の死をもって、断念したようです。

2011年8月15日月曜日

ブルーマリンフェスティバル

8月14日。夏の終わりを告げる大間町のイベントがありました。船競争、まぐろ解体ショウ、歌謡ショウ、花火大会その他色々です。夜になり澄んだ津軽海峡の空間に打ち上げられる花火の美しさは言葉で表現出来ない程素晴らしい。この町に生まれた事の幸せを噛みしめています。その為か?息子や娘、娘婿がお祭りとお盆に合わせて帰省します。
そこで男衆3人並んだところで、娘がパチリです。一人は41歳二人目は46歳、私は72歳ですが、私は右から何番目でしょうか?

2011年8月13日土曜日

本州最北の夏祭り

8月8日(宵宮祭)東北ゲンキを胸に、愈々町民が待ちに待った、稲荷神社例大祭が始まりました。各山車はそれぞれの町内を一周後稲荷丸を先頭に、仁和賀山、大正山、弁天丸の順に神社前に整列し、祈祷を待ちます。


8月9日
運行初日のハイライトはユーターンして帰ってくる神楽や先山車との、すれ違いの時のドットコのやりとりです。一年分の溜まったエネルギーを、全身のありったけの力を振り絞って吐き出す、大声の迫力に圧倒されます。

8月10日
大間マグロ釣りナンバーワン、山崎氏宅で接待されました。さすが!マグロと鮑の超大盛り。有名人の写真もありました。

8月11日弁天神社に向かってキヤリ(どっとこ)を行い、観光客の皆さんにも御神酒とまぐろの刺身を振る舞います。

11日の大間は風速20メートルの大風が吹き荒れ、気温も秋一番がやってきました。

最終日11日の夜は四車別れ。神社前に集合し、観衆に樽酒を振る舞い、各山車どうし、来年の再会を約して、短い夏の、本州最北端の祭りが終わりました。