これは木村幸蔵(会津藩士公事所小役人)の戊辰戦争の記録です。
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1、同月二十日頃、魚沼郡三国峠へ町野源之助出張罷り在り候処へ、官軍襲来、戦争相始まり
候旨注進之在り、同二十七日海岸鯨波宿又小出嶋御陣屋へ襲い来たり、戦争味方敗走の由
にて井深隊、町野殿始め八十里越、ようよう引き揚げ之由、鯨波之義は桑藩にて打ち合い、
此の節ハ大勝利、分取等も有之哉ニ候処、応援之兵も無之、追々出雲崎辺り迄引き揚げ候由
殿様之義ハ柏崎御立退か茂、夫より水原表へ御壱泊、夫より御領分草水村寺へ御逗留、それ
より津川町へ御越ニ相成候。
1、同月二十七日頃、佐川官兵衛殿隊、土屋隊、市岡隊、小千谷方面へ出起ニ相成候。
1、五月二日右隊、片貝表ニおいて戦争敗北之由
1、水原表へハ西郷勇左衛門殿陣将兼一嶋屋敷、下宿被致候事。
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