2011年2月21日月曜日

新粉寒そば会

2月20日斗南会津会恒例の寒そば会がむつ市はねやホテルで開催されました。
会員と会津藩、斗南藩に熱い関心を御持ちの方々が77名に膨れ上がり、盛大に
盛り上がりました。最初12,3名で始まったそば会が僅か7年にしてこのように進歩
した背景には、140年昔先祖達が会津から挙藩移封された下北は不毛の地、神代
のままの国といわれた、そのむつ市の斗南ヶ丘で栽培された、そばである事と、当時斗南ヶ丘へ
200戸入植した中で只一戸現在も居住している島影家が栽培した蕎麦と云う事。そして下北の
厳寒の冬を越した蕎麦だからだと思います。奥戸(オコッペ=大間町内)のじゃが芋も同じで寒い
冬程まろやかな甘みが出、兎に角絶妙な舌ざわりでした。澱粉質が変化するのかなー。
又参加者の中でベートーベンの交響曲第九の会のメンバーが10名近く参加しておられました
会津藩士松江久平(斗南へ来たと云われていますが名簿の中に見当たりません。多分明治5年の壬申戸籍発布前に会津へ帰ったのかも)の長男松江豊寿が第一次世界大戦のとき板東俘虜収容所でドイツ人俘虜
にとった人道的な行為はあまりにも有名な話ですが(映画バルトの楽園)、そのときドイツ人俘虜が演奏した第九が
日本で最初の第九の演奏だったそうですが、会津と第九と云う御縁でお付き合いさせてもらっております。只一つ失礼したのは、140年前の先祖達も参加していた為、蕎麦が少し足りなかったかも?来年の課題にします。
愈々酒宴、酒は会津??そば盛り、お母様方御苦労さまでした。お父様方は深く反省
                           市長、市議さん、第九の会長のってますねえ
気分は壮快、頭はモウロウー??

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